* con vida Azul * 羽鳥活動記

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本物の味しか喜ばれない時代に寄せて。


前回記事では
「更新ネタがCookingしかない時って微妙!』と内心で苦笑しつつ
せっかく見事に焼けたので
日記にしておきました。
創作レシピだったし♪
甘さと塩見のバランスも香りもよかったし♪♪(それブログに出ません/苦笑)



もちろん毎日ケーキを優雅に焼けているわけではありませんが
せっかく気持ちのよい焼き上がりだったから。でした。



今年は、春頃から
私も含め
家族すべてに、変化があり、


1か月ごとにも
もっと言えば、1日ごとにも
小さい変化といえば小さいし、
実際は大変化といえば、そうなのですけれど(どっち)


今まで好んで食べていた既製品のお菓子など、
あるいは
添加物の多そうな食べ物が

どんどん体質にあいづらくなってきています。

アレルギーが出る場合もあれば、
アレルギー未満で、ただ体調がわるくなる、
元気が出なくなる、くらいで済むこともあるのですけれど、

食べたもので
喉や口のねんまくに異変、
などは、よくあって、

困った事にですね
私だけではなく、なぜか家族全員が^ー^;
美味しいと身体が感じられるものが
減ってきてしまったりしていて。事実として。


そろそろ、味醂や、お醤油は、
本物を使うしか
なさそうです。。
みりん風調味料も、やめどき。


もともと
お塩は、ただのナトリウムじゃなくて
ゲランドの塩だったけど。


そろそろ、
お醤油も「醤油風調味料」が厳しい。


(外食できる場所がめっちゃ限られてしまっているわけです、
「身体からの声」により)


偽物の食べ物と
本物の食べ物が

価格での見分けは付きづらくなっている時代に。なっていて。
なんだか手塚アニメを観たときと
感覚がリンクしてくるのですが、


日常で、首をかしげる事が非常に多いです。
良いもの、と、形だけ綺麗にしてあるもの、が、

もしかすればまったく同じ価格だったりする。

まだ価格で差別されてあれば
たとえば「高いものが良いものだ☆高価だったら高品質だ」と考えていらっしゃる団塊の世代の男性も
値段が高い方を選んで、満足されるような気がするけれど


価格が同じ、ほぼおなじ価格帯となってくると
なんだか時代が変だぞ、と、私は首をかしげるしかないのです。
値段が同じってどういうことなんだ。


もう
食べ物の外見は美しく、しつらえてあるから
ぱっと見は すごく美味しそうだったりもして
「見た目」で本物かどうかの区別は
残念ながら出来なくなってきているし
(ハムとか チーズとか ケーキとか 焼き菓子とか 野菜とか すべて。)


かたちだけが同じものと
中身がしっかりあるものを


もう、食べてみるしか
分からなくなってきてる。その難しさ。
信じるのが自分、になってくる。
分かりやすい標識がない。

中身が大事。
中身は、実際は、見えづらい。

それは音楽でも同じことを
なんだか本質的には
すごく凄くおなじことで


現在値では
まだ悩んでいるような気も、してくる、羽鳥でした。


寝なくっちゃ。
消灯時間です


おやすみなさいませ☆☆☆


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父の日でした♪〜ケークサレ的なオニオンパウンド。


2014年、父の日。
ワイン売り場で
駆け込み的に(?)
デイリーワインを買う女子を沢山、見ました♪笑

我が家では
ワイン入りの玉ねぎパンドケーキを焼成。
レシピは主に混合しました(2冊のレシピを脳内MIX変換☆)笑

動物油脂は使わない方向で、
母リクエストにより、ベーコン不使用にして、
旨味として
パルメザンチーズと、タイムを付加。
甘みは炒めたまねぎ+きび砂糖にて♪
アルミニウムフリーのベーキングパウダーと
国産小麦粉(最近は安価になりましたね)をふるって。

onionCake.jpg

WineJune.jpg


とても美味しかったそうです♪♪♪
煮つめた赤ワイン、もうちょっと入れたほうが、
パウンド生地に赤色が見えやすかったですが、
ごちそうさまでした♪♪♪


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私たちは、どの段階まで、変位するのだろう

徒然に5月末の日記記録です。
5月末には、世界のTomita、
シンセサイザー作品「月の光」によって、
いまだ世界中にファンを持つ、
冨田氏の公演を
さいわいにも生で聴くことができました。
冨田 勲さん。

朗らかな天才。
手塚治虫記念館の、周年記念とのことで、

ジャングル大帝やアトム、リボンの騎士の、富田さんが
さまざまなお話を聴かせてくださいまして。



土曜。
富田さんより、蝶の話を聴きました。
ある種の、リスペクト、あこがれの感情を、
「蝶」に対して抱いていらっしゃる。
世界を、空を、わたってゆく蝶の果敢。

それってガンダム監督の作詞した「月の繭」と、
おなじ、観点じゃないか、と。
個人的に宇宙を観あげるような感覚に、陥りました。


このかたも、ガンダムの監督と
同じ感慨を抱いているのか、と。



夜空をわたる無数の。
蝶の。


しかも、自分の一生をかけて
勇猛果敢に空を渡るぞ、ではなくて、
スパンが「自分の生涯」という単位を越えていて。
子孫の代、自分の次の代まで、かけて、
命のバトンをひきつぎながら
達成されてゆく旅のお話を。

スパンが永い永い。目線。

私は、まだ観たことのないドキュメンタリー映像で、
NHKでかつて放送された蝶の実話のようです。
わたしも観てみたいな。


そして、蝶ではなく
ひとしずくの水だけを求めて、 
ひたすら疲れ果てている、
バッタ主人公のアニメーション作品も、観ました。
商業用アニメじゃないのですけれど。

主人公のバッタは、

本物の水が飲みたいだけ。
本物の花の香りを嗅ぎたいだけ、なのに、
無機物の展示会に迷い込んでしまったバッタは
無機物しかない世界で、あえぐ。

(そもそも迷い込んでいるところが無機物の展示コーナーなので)
(天然の花が無いのが当たり前なのですが)

本物の水に、であえず、
生きている花は一本もなくて。

どの花も、花のかたちをしているだけ。
ペンキで塗ったような色、
硬質な、オブジェに。
味なんて無い。

バッタは死にそうで。
とにかく水分が足りなくて。
観ていて、胸が、詰まりました。


早く本物の花が登場することを祈ってしまう。
水をもとめて追いつめられてゆくバッタの疲弊が
疲弊し憔悴しているときの、人間に、どうしても重なってしまうから。
どきどきします。あまり良い意味じゃなく。


あの、本物の花びら独特の、
びろうどのような手触りや、
ちょっと甘酸っぱいような、
ほのかな花の香りや、
少しの蜜や水分


そういったものへの痛切な、必要性というか、
不可欠性というか、


故意に
排除してしまった人間社会の
「花のオブジェ」は
なんて、あじけのない、無味乾燥なものなのだろう、と。

蜜のない花、
匂いのない<花のかたちをしているだけの金属>には

どこにも意味が無く
命をつなぐ機能が、ない、と、
断言しているようなアニメでした。

金属から水を得られないのは
当たり前ですけれども。
バッタは、一瞬、間違えてしまうのですよ。
疲れているからなおさら。

花の形に、今度こそ生きている花かな、と。
期待してしまう。

<風刺>のひとことで終わらせられない。。。
刺さる。
責められている感覚。

生きている感じ、が、足りなくなると
すぐにダメになりかけてしまうのが私なので(苦笑)
視力も一瞬で落ちますから。

今以上に減ったら困るもの、

酸素、
とおる風、
塩素の入っていない水の、かがやき、
ちゃんと匂いのするもの、
採れて三日以内の野菜や、
とにかく生きているものたちの波長を、

どんなに疲れた日でも
毎日 一度は、波長を抱きしめたいものですね。


月の繭をひさしぶりに思い出した土曜でした。


そして。
とても珍しい土曜の1日の極めつけに
夜スーパーマーケットで野菜を選んでいるとき
一瞬だけ、ふわりと舞った、一匹の蝶が。

個人的に
胸をどきりとさせました。
ここにいるよ、っていう感じに居たから。

幻みたいだった。
スーパーなんかに蝶が居るはずがないですのにね。
たぶん迷い込んだのでしょう。窓からか、
人間の服にくっついて。

小さめで、可愛らしい蝶でした。
おとなか子供かわからないけど。

ちゃんと外界にかえれていますように。
そこまで見守ったほうが良かったのかな。

私たちは今
どの段階まで変位できているのだろう?


<繭たる、さなぎたちは>
<ななたび、身を変える>という歌詞が


今日は、耳から離れないのでした。


月の繭、恐るべし。名曲であります☆☆☆

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NY在住、一時帰国中の国際的ジャズピアニストにお目にかかれた木曜

Blogに、
書いてよい部分と書けない部分がありまして、
詳細までは書けないのだけれど、


この5月末とても貴重な「ピアニスト会談」に同席させて頂きました。


もうNYで音楽生活されて35年以上になる、
ニューヨーク在住で、アメリカのライオネルハンプトン楽団や
デュークエリントン楽団でも
演奏なさっていらっしゃる素晴らしい日本人ジャズピアニスト、
クニ三上さん。彼が、
春と秋の日本ツアーをされるなか、今回はじめて名古屋だけではなく
大阪にも滞在日を設けられ、
梅田のKPSへ、意見交換の目的で、いらしてくださいました。
高知での演奏ライブを終え、大阪へ、いらしてくださったとか。

爽やかな5月らしい快晴の日に、光栄にも、三上さんと
ゆったり四時間ほど、ご一緒させて頂き、
素晴らしい記憶をいただきました。

私にとっては三上氏といえば
「ニューヨークスタイルジャズピアノ教本(バリーハリスのメソッド)」の著者として
お名前を存じていた方ですが、
この御本に出逢ってから約1年半の私は、ひよこ印がついています。

自分が、ひよこ印だ、と言い切ってしまうのは
ピアノ演奏の技術面に問題があるというのではなく
音楽の理解そのものを、深化させてゆく、途上にわたしは居ます。


まだまだとても<バリーハリス氏の音楽メソッド>のコア、中心を
語ることのできる立場に、私はなく、
けれど、この本の意味を真実に理解したい、と、わたしが集中してから
確実に、この本に出逢った人の音楽性は深化してゆけるのだな、ということを
実感しています。
ピアニストだけじゃない。
ヴォーカリストにも必要な本です。

この本に出逢うことで
ピアノに耳を澄ませる力までも着実に深化するというか。
呼びさまされる感覚があり
私の生徒さんにも、少しずつ、
わたしが理解した部分については伝え始めております。


アメリカにてバリーハリスに直接お会いできたことも、もちろん無い羽鳥が、
ハリス氏に、直接10年間ものあいだ
親密に触れていらした三上さんのお話と音を
聴かせて頂けた機会に、また、とてもフランクに自然に接して頂けたことに
心より感謝いたします。

三上クニさんの「ニューヨークスタイルジャズピアノ教本」は1巻と2巻が
全音より発売中です。
1巻が黄色。

NewYorkSTYLEKuniMikami.jpg


例えば
この本の1巻の、しかも、ほんの最初の部分だけをピックアップしても、
そこから実に多くの事を学びとれるため、
それをBlogで、ここで伝わりやすい言葉の記事にしてみよう、という、こころみを
私はまだ、あきらめておりませんが、
教本の譜例をそのまま引用することは出来ません。

工夫して、また、本の内容を、本から気付ける事を
このBlog読者のピアノ学習者さんにも
「なるほど!そういう観点で両手の和音を感じれば、組み立てれば、よいのか」と
呟いて頂けるような、
自分でまっしぐらにピアノを鳴らし、すんなり得心して頂けるような、
そんな中身の濃い、わかりやすい記事を、
自分の言葉で、綴ってみたい、と思っております。


感じる力。
そのものを伸ばす。


それは、ピアニストにもヴォーカリストにも必須の課題。
あるいは他の分野のクリエイターにも共通の。

分解能そのものを増やす、かのような。
エネルギーの流れ、そのものを汲み取り、読み取り、
解放するように、織りなす、ような。


私自身が毎日 取り組みつつも、
せっかく羽鳥活動記を来訪してくださっている方へ、
折角 電波上で(笑)お目にかかれている訳ですから、
音楽のヒントを、活字から、手渡せるように。


そう願っております。



とても素晴らしい新月の日でした。



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